FC2ブログ

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

quarter 

先週25歳を迎えました。アリガト\(^^\)(/^^)/アリガト
「誕生日は母親に感謝する日だ」と、私の母は言います(笑)自分で
でも、確かにその通り、母のがんばりがなければ私はここにいません。
感謝してもしきれません。

25
数字にして四半世紀生きたことになります
まだあと半世紀は生きたいと思っています
まだまだやりたいことがいっぱいです

そしてブログ始めてから初めての誕生日です
そんな節目なので自伝を少しだけご紹介
自分を見つめなおすいいきっかけにもなりました

私という人間がどんなものか、少しだけ分かっていただけるかと思います。


1981年6月生まれ
名古屋市内で父母兄姉の家族に3番目の子、次男として生まれる
生まれたときから姉におもちゃにされ
男の子なのに女の子と間違われることもしばしば
小さい頃は家族やその知人たちは「かわいい」と褒めてくれた
その頃は「ママ、ママ」といつも母親について歩いていた
小学校に行くようになると近くの公園や、林の中へと
一人で、または友達と探検をするのが好きだった

いわゆる反抗期を皆が迎えているはずの時期
3つ上の姉は激しく反抗期を過ごしていたが
それを見ていたせいか、あんな風にはしたくないと思っていたので
言い合いをするようなことはほとんどなかった
そして、97年1月阪神大震災が起き
住宅建築会社に努めていた父は単身赴任で京都へ行ってしまった
父親不在の家族、僕は「いい子」にして毎日を過ごした
今も「いい人間」であるよう努めているつもり

高校へ入ると、テニスが楽しくてたまらない!部活三昧だった
街中にある高校ではなかったので、遊びに行くといえばテニスだった
そして社会への関心も芽生え、ニュース、新聞、本などで学んだ
世界で問題視されている環境問題を自分なりに毎日考えていた
酒鬼薔薇事件が起きたのもこの頃、少年Aは1学年下にあたる

大学に行けと言われるまでもなく僕は就職などは考えておらず
環境問題を学ぶために大学を、2年の時にはすでに決めていた
3年になってもその意志を変えず、目標を一本に絞っていた
その頃が最も勉強した時期ではあるが、今積分をしろと言われても
もうそんなこと忘れてしまった
勉強した意味はあったが、勉強の意味はなかったと今思い返す
今役に立っているのは英語くらいだ(笑)

入学したのは滋賀県立大学環境科学部環境生態学科
まだ出来たての大学で僕は6期生だった
滋賀県彦根市の琵琶湖の畔に建つこの大学に入り
狭いワンルームのアパートで一人暮らしをし、毎日を楽しく過ごした
このとき出合ったのがカメラとカヌー
カヌーは大学に入ったこのとき、その存在を初めて知り
琵琶湖畔にいるのに陸上でテニスをするなんてもったいない
水の上を自由に動けるカヌーをやってみよう!
と、同じ学科の子に誘われたことも相俟ってすぐに決めた
カメラは、15の時に亡くなったおじいちゃんの形見を頂いてきた
NikonFEと標準・望遠のズームレンズ2本
カメラの使い方は、カヌー部の仲間を撮りながら覚えていった

大学生活のほとんどをカヌー部員たちと過ごし、親から離れ羽を伸ばし
カヌーをし、水と触れ合い、自然と触れ合い、滋賀の豊かな自然の中
これ以上ないくらいに自由な時間を過ごした
大学での勉強は、確かに環境問題についての取り組みだったが
僕が思っていたような活動をするには、大学ではできないと悟った
結局大学の卒業論文は放置竹林の成長と拡大について
本当は竹の利用価値の見直しをしたかったのだが
生態学的な視点からの論文を書かねばならず
材質の特異性や、単に利用価値となると、学部が違った(笑)
そしてそのころから
環境問題の最大の解決方法は教育にあると考えていた
研究室の先輩が、まさにその方向へ進んでいくのを目の当たりにし
うらやましくもただ後姿を眺めていたのだった
動かなかったのは、僕にはもう次の目的があったからだ
それは、2005年愛知万博

大学を卒業した僕は、傍から見れば進路が決まっていない就職浪人
でも見据えていたのは2005年日本国際博覧会
何とかして参加したいと2003年からずーっと思っていた
せっかくこんな大きなイベントが地元で開催されるのに
参加しないなんてもったいない!絶対そこで働くんだ!と決めていた
で、大学卒業後は、今まで接客の仕事をしたことがなかったので
アパレルの店舗で販売員として10ヶ月働いた
その間に万博のアテンダントの面接を2つ受け、2つ目で合格
名古屋市パビリオン「大地の塔」にて運営スタッフとして働く
ずーっと終わらないで欲しいと思ったくらい、とても楽しく働いた
終わりがあるから楽しめたという逆説もまた真実だろう

そして今カナダへ
世界を知らなくしてわが人生終わるわけには行かない
なんて思ったかは定かではありませんが
海外で生活をするということがどんなものなのか
今を逃しては一生そんなチャンスは巡ってこないだろうと思い
お金を貸してくれた家族に感謝しながら
私はここに居ます

これまで、何もせずにただ考えるばかりだった私は
行動に出ることによって切り開いた自分だけの道に
正直、戸惑っています
これという強みがない私は、どのように生きていけるのか
生きることの難しさを実感しています
それでも生きていかなくてはなりません
何はともあれ
私が考える幸せな世界をこの世に実現するべく
生きていこうと思います。


「幸せな世界」についてはまたいづれ・・・
スポンサーサイト
[ 2006/07/04 12:16 ] | TB(0) | CM(8)

お誕生日おめでとうございます。
数字にして四半世過ごしてきたNARUさんの人生読ませて頂きました。
まじめに色々な事に取り組んできたNARUさん
今までの事がいつか実になって花開かれる事祈っています。
ゆっくりマイペースでいいではありませんか。
数字にして半世紀過ごしてしまったへなそうるより
※ちなみにわが息子は滋賀県草津の大学、娘は大阪の大学に通っています。何故か2人とも関西へ行ってるのです。

[ 2006/07/10 04:59 ] [ 編集 ]

お久しぶりですー。
誕生日どうもおめでとうございますw
あ、ちなみにぼくも6月うまれですよw
NARUさんの半生、読ませていただきました。
滋賀の大学に行ってたとは、しりませんでした。
環境問題の最大の解決方法は教育、
まさしくそのとおりかもしれませんね。
ぼくも最近自分のやってる研究の目標を完全に失ってますw

カヌーって「がんばっていきまっしょい」のやつでしたっけ?
ん、なんかちがう??
[ 2006/07/13 19:46 ] [ 編集 ]

へなそうるさんこんばんは

お返事が遅くなってすみません<(_ _)>
まじめなだけが取得です(笑)でもバカなんであんまり融通がきかない。ゆっくりしているつもりは自分ではないんですが、25で今ここにいるっていうのは、一般的に見てゆっくりなんですよね(^_^;)急ぐことが好きじゃないので自分に合ったスピードで生きていると自分では思います。
へなそうるさんにしたらお子様方と私はそう変わらない年ですよね!?(7つ差は大きい?)暖かいお言葉をありがとうございます。
草津ですかぁ、いいとこですよ。大阪は私には大きすぎる町です。
[ 2006/07/13 22:08 ] [ 編集 ]

suzukkyさんこんばんは

お!suzukkyさんも6月ですか!おめでとうございます。(^-^)/
そう、滋賀だったんですよー。京都へは大学生の間に何度か遊びに行きました。

おしいですが「がんばっていきまっしょい」は、“ボート”です。
カヌーは一部カヤックとも呼ばれますが、いくつか種類があります。私がやっていたのは川のカヌーで、その中でも競技であるスラローム。湖でやるカヌー競技もありますが、それがフラットウォーターでこれが見た目ボート(漕艇)に良く似てます(^^;;;
ボートは自分の向きと反対側に進みますが、カヌー・カヤックは自分が見ている方向に進みます(川で後ろ向きだったら危険極まりないですから(笑))
もともとカヤックはエスキモーの乗り物で、冷たい海の水が入らないように“ふた”のようなものを腰周りに着けて乗ります。あまり言われなくなりましたが船が転んで水中に体が沈んだ状態から起き上がることを“エスキモーロール”と言うくらいです。
あ、すいません。別にそんなこと聞いてないですよね(笑)
悪い癖です。何かを説明するのが好きなんです。
[ 2006/07/13 22:21 ] [ 編集 ]

お~!
おめでとうございます~!^^/
25歳か~
うらやましいです~^^;
そのころはまだ、なにもしてなかったな~
お酒がおいしいと思ってカクテルを始めたのが28歳、車で峠のカッ飛びドライブを始めたのが30歳、ミッドシップカーMR2(SW20)を購入したは32歳頃でした^^;

そうだ、21~26のころは邪馬台国というか邪馬壱国に夢中だったんだ。
記紀や中国や朝鮮系の史書をあさって、弥生期から平城京期までの日本の真の姿を探していました^^
おかげで倭国と日本国が別物だったこと(旧唐書)や、「日出るところの天子」が、九州王朝(倭国)のアメノタリシホコだったこと(隋書)、その九州王朝の一派(イワレヒコ:神武天皇)が近畿系王朝(日本国)を開き、その近畿王朝を北陸王朝(半島系国家)のオオドオウ:継体天皇)がのっとり、その後、物部と手を組み九州王朝(倭国)を滅ぼし(いわゆる磐井の乱)、実質、関東以西の地域を掌握したこと…などなど、いろいろと知ることができました。
「磐井の乱は地方豪族に反乱として教えられますが、実質は大陸での日本列島の代表政権であった九州王朝に対する侵略戦争であったようです。
「長門より東をば朕制らむ、筑紫より西をば汝制れ…」という継体天皇から「物部大連あらかひ」への指令や、唐に向けた二つの国の使節団が唐で争い、共に幽閉されたことなどは日本書記にも現れています。
倭国と日本国が別物であったことは「隋書」で書き分けられ始め、「旧唐書」では明快になります。
学校で教える以上に日本の歴史のダイナミックさがわかります^^v
[ 2006/07/14 06:39 ] [ 編集 ]

deweyさんこんばんわ!

ありがとうございます!!(^^)v
わぁ~deweyさん多趣味なんですねぇ~!
歴史にトンと疎い私に教えを頂きありがとうございます。
歴史は大学の頃の専門でいらっしゃるのでしょうか?
日本国と倭国が別だったなんて初めて耳にしました!(゜o゜;)
学校の歴史の授業の年代を覚えるのが億劫で、高校では地理を取っちゃった私ですからぁ~(^^;;
[ 2006/07/17 13:03 ] [ 編集 ]

こんばんわ^^;
歴史も趣味のひとつです^^;
大学での専攻は歴史とは全く関係の無い建築学科:都市計画研究室です。
趣味の幅は広く、オーディオビジュアル、料理、模型、モデルガン、以前は50ccオフロードバイクも…、そうそう忘れちゃいけない写真もです^^
職業は会社員、職務は「都市計画コンサルタント」です。
[ 2006/07/20 07:20 ] [ 編集 ]

deweyさんお返事ありがとうございます

趣味でそこまでお調べになったんですか!すごいなぁ
本当に多趣味ですね^^;私は「屋外ではカヌー自転車テニススキー、室内では映画、音楽、そしていつでもどこでも写真」ってとこですね。ものめずらしいカヌーとちょっと“ゴツイ”カメラを持っているだけで、多趣味だと言われてしまう私とは比べ物になりませんね^^;

都市計画、大変興味があります。環境問題は都市とも直結していますから。否、「人間のあるところに環境問題あり」です。大学でお隣の社会計画学科ではそういうことを勉強してたみたいですけど、大学を選んだ頃は人間のあり方ではなく、自然の姿に興味があったので違う学科を選んでしまいました^^;
結局変わらなくてはいけないのは人間のあり方で、改善策を提唱するのが科学(科学者)の仕事ですね。私を科学者の端くれに入れてもらえればの話ですが(;^_^A
deweyさん、コンサルのお仕事、是非、環境配慮型でお願いしますm(__)m
[ 2006/07/21 13:43 ] [ 編集 ]

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://naruomind.blog20.fc2.com/tb.php/149-795e132f



















上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。